日本では今、フィギュアスケートが大人気ですよね♪

 

羽生結弦くんがロシアやスペインの選手たちと仲良くしているシーンをテレビで良く見かけますが、過去にはライバルを陥れて勝ち上がろうとする選手もいたようなんです。

 

5月4日から公開される映画「アイトーニャ史上最大のスキャンダル」は、過去に起こったフィギュアスケートの事件が元になっていることが分かりました!

 

そこで今回は、映画「アイトーニャ史上最大のスキャンダル」の元となった実話の事件の真相や、事件を起こした女子フィギュアスケート選手の母親、そして家族との関係について迫ってみました!

アイトーニャの映画は実話の事件が元になったって本当?

 

映画「アイトーニャ史上最大のスキャンダル」は、アメリカ人の女子フィギュアスケーター“トーニャ・ハーディング”の半生を描いた作品となっています。

 

トーニャ・ハーディングは、1992年アルベールビル、1994年リレハンメルと2度の冬季オリンピックに出場した実力者なんです♪

(※当時のオリンピックは2年に1度だったようです。)

 

トーニャは12歳のときにトリプルルッツを、1991年の全米選手権ではトリプルアクセルを成功させ、初優勝を果たしています!

 

当時女子の中でトリプルアクセルを成功者させた選手は、伊藤みどりさんのみだったので、彼女に次ぐ史上2人目となる快挙でした。

 

なので、かなり注目されていた選手だったんですね♪

 

こちらが実際のトーニャ・ハーディングです(^^)/

 

目鼻立ちがハッキリした、意志の強そうな表情をされていますね。

 

トーニャは1992年の全米選手権で3位入賞を果たし、アルベールビルオリンピックの代表選手に選ばれました。

 

ですがオリンピックが始まると、今まで成功していたトリプルアクセルの着氷に失敗してしまいます。

 

そして総合4位となり、メダル獲得には至らなかったようなんですね。

 

このアルベールビルオリンピック以降、トーニャは不調になってしまうようなんですが・・・。

 

1994年になると、リレハンメルオリンピックの選考にもなる全米選手権が開催。

 

この大会の会場では、練習を終えたトーニャのライバル“ナンシー・ケリガン”が膝を強打されるという事件が発生してしまいました!Σ(゚Д゚)

 

その時のようすがニュースで放送されていたようです。

 

 

このように、ナンシー・ケリガンは膝に怪我を負わされてしまい、全米選手権を欠場となりました。

 

人が多く、テレビカメラが常備されている場所で大胆に犯行が行われていたんです~!(/_;)

 

もうビックリですよね!!

 

このようなトラブルはあったものの、大会は続行されてトーニャ・ハーディングが優勝を果たしました!

 

傍から見ると、不調続きのトーニャが苦難を乗り越え成功を手に入れたかのように思いますよね?

 

ところが、この事件から2週間後にトーニャの元夫“ジェフ・ギルーリー”が逮捕されたことで、トーニャが裏で事件を企てていたんじゃないかと疑われるようになりました。

 

実際に調査が始まると、トーニャに不利な証拠が出てきてしまい、彼女は司法取引を行ったんです。

 

<司法取引>

裁判において、被告人と検察官が取引をし、被告人が罪を認めるか、あるいは共犯者を法廷で告発する、

あるいは捜査に協力することで、求刑の軽減、またはいくつかの罪状の取り下げを行うこと。

司法取引の結果として軽減された検察官の求刑に裁判所が法的に拘束されるわけではなく、

求刑以上の量刑を行うことも可能であるが、司法取引の刑事政策上のメリット、当事者主義の理念から裁判所は司法取引の結果を尊重することが多いとされる。

被告人による罪状認否の制度が存在する英米法の国家で可能になる制度である。

アメリカ合衆国では、刑事裁判の大部分で司法取引が行われている。

出典:wiki

 

米国フィギュアスケート協会と米五輪委員会はトーニャをオリンピックの代表チームから外そうとしましたが、彼女は法的措置をほのめかして強引に代表の座に留まったとのこと。

 

そして!リレハンメルオリンピックにアメリカ代表として出場したんです!

 

ですがオリンピックが始まると、実際の演技では、ショート・プログラムでミスが続き10位と出遅れてしまいます。

 

そして、フリー・プログラムでは名前を呼ばれてもリングに登場せず、失格寸前になって姿を現しました。

 

演技が始まるとすぐに中断を訴え、ジャッジ席に近づき靴紐が切れたことをアピールしたんです。

 

 

結局再演技が認められるものの、トーニャは実力を発揮できずに8位に終わってしまいました。

 

リレハンメルオリンピック終了後、トーニャは自分の罪を認めたことで懲役刑を免れ、執行猶予3年間、500時間の奉仕活動、罰金16万ドルを受け入れました。

 

そして、全米スケート協会は1994年全米選手権での優勝と1999年までの公式大会への出場、そしてコーチの権限を剥奪しました。そりゃそうですよね(-_-;)

 

よくドラマや映画などで、相手を陥れるために卑怯な手を使うシーンがありますが、実際に相手を襲撃するような、過激な事をする人が過去にいたとは・・・。

 

もしかしたら日本でもちょっとした嫌がらせなどあったかもしれないなと感じました。(※表に出てきていないだけで)

 

トーニャについて詳しく調べていると、幼い頃から努力を積み重ね技を獲得しているんだなと感じましたので、彼女は本当に才能と実力を兼ね備えた素晴らしい選手だったようです。

 

なので、なんでライバルへの嫉妬をもっと上手に自分の中で整理できなかったのか、なんで自分の将来を棒に振るようなことをしたのか疑問に思いました。

 

相手を陥れることで、相手の心と自分の未来をも潰してしまったなんて。

 

通常ならこういった事件を起こそうと思わないですよね?

 

そこで、トーニャはどうやって育ってきたのか、家族や母親について迫ってみたいと思います。

母親や家族との関係は?

トーニャ・ハーティングは1970年11月12日にオレゴン州のポートランドで生まれました。

 

貧しい家庭ながらも、母親から厳しくしつけられて育ったようです。

 

フロントロウ情報サイトによると、トーニャは母親から虐待やネグレクトを受けていたとのこと。

 

そして元夫のジェフ・ギルーリーからは、暴力を受けていたことが発覚したんです。

 

映画「アイトーニャ史上最大のスキャンダル」では、これまで知られてこなかったトーニャの苦悩が描かれているんだそう。

 

幼い頃の環境が、彼女の思考を歪めてしまったのかなと感じました。

 

だからといって、トーニャのしたことは許されるわけではないですし、実際に未だに彼女に対しての批判はたくさんあるようです。

 

映画の授賞式にトーニャ・ハーティング本人が登場すると、批判の声がたくさん出てきたとのこと。

 

うーん、トーニャの笑顔がちょっと怖いですね(^^;)

(※向かって左側の女性です。)

 

 

やってしまったことは取り消せませんが、これからの彼女の生き方で償いを証明して欲しいなと感じました。

まとめ

映画「アイトーニャ史上最大のスキャンダル」の元となった実話の事件について、そして彼女の母親や家族について迫ってみました!

 

日本ではフィギュアスケートが大人気ですし、この映画は実話なので気になっている方は多いと思います。

 

この映画の主人公・トーニャ・ハーティングは、人生の反面教師になりますね(^^)

 

今日も記事をご覧いただき、ありがとうございます!

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